二次創作同人誌が無断転載された!――ケース問題2
記事作成:2018年3月
問題
「本作品を無断転載した場合には100万円を賠償請求させていただきます。」と明記されていたAさんの二次創作同人誌がBさんに無断転載され、ネット上で公開されてしまいました。この場合、Aさんは本当にBさんに100万円を請求することができるでしょうか。
※二次創作は原著作者に許可を得ていなかったとします。
以下、問題を検討してみたいと思います。ただ、あらかじめ注意を書かせていただきますが、
以下はあくまで一般論です。
当サイトの免責事項もご理解いただいたうえでお読みいただけると幸いです。
■複製権・公衆送信権等
著作権法第21条
著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。
著作権法第23条
1項 著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。
2項 著作者は、公衆送信されるその著作物を受信装置を用いて公に伝達する権利を専有する。
著作権法第2条5項
この法律にいう「公衆」には、特定かつ多数のものを含むものとする。
(「公衆」について、同一構内の範囲に限る場合は除く(2条1項7号の2かっこ書き)。)
ここまで読んでくださった方としては、さすがに見飽きてきたかもしれない条文ですね。せっかくですから見飽きるのを通りこして暗記するくらいまで読んじゃってください。お察しの通り、
Bさんの行為はAさんの複製権・公衆送信権の侵害です。
『ネットに流すな!――複製権、公衆送信権等1』でご説明した点です。
■契約
民法第521条
1項 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
2項 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。
第522条
1項 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2項 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。
上の問題において、AさんがBさんに100万円を請求するためには、「本作品を無断転載した場合には100万円を賠償請求させていただきます。」の記述が法的に強制力がないといけませんよね。そこで、この記述の法的強制力について考えます。
この記述が法的に強制力があるといえるためにはそれが契約である必要があります。そして「契約」には、当事者同士の
申込みと承諾という意思表示の合致が必要です。ご自身の経験に照らし合わせて考えてみても、相手の作ったルールをこっちが了解もしていないのに押し付けられては理不尽もいいとこですから、この要件には納得していただけるかと思います。
(なお、
契約の内容は基本的に自由に決められます。
民法の私的自治の原則から派生した考え方で「契約自由の原則」と呼ばれます(民法521条)。このため契約が有効に成立すればAさんのBさんに対する100万円の請求は可能です。)
これまでも解釈上「契約には申し込みと承諾がないとダメだよ」という話は通説として通っていたのですが、実は条文に明記はされていませんでした。しかしつい最近の民法改正でこの要件が明記されました。上の新民法は2020年4月1日から施行されています。
ではこの要件を問題に照らしてみましょう。問題の事例では、見たところ
相手方の承諾がありませんね。ということは、契約として成立しないと考えられます(定型約款(民法第548条の2以下)となる余地は残されています)。したがって、「本作品を無断転載した場合には100万円を賠償請求させていただきます。」の記述に
法的な強制力を認めるのは難しいでしょう(注1)。
以上より、「AさんがBさんに100万円を請求することは難しい」ことが明らかとなりました。「じゃあAさんはBさんになにもできないの?」
そんなことはありません。法律にのっとった正当な請求をすればいいのです。
ですから、不当利得返還請求権(民法703条、704条)や不法行為による損害賠償請求権(民法709条)にもとづき、著作権法114条で賠償金額を計算して……
「待たれよ。原作者の許可を得ていない二次創作物の無断転載についても二次創作作家は損害賠償請求をできるのか?」
■二次的著作物の利用
著作権法第28条
二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。
『ややこしいけれど大事! 二次的著作物と原著作者の権利』で書いた論点です。そして同ページ下段に簡単にご説明した通り、さまざまな見解が学説・判例レベルで交錯しているので突っ込んだ話を管理人が意図的に避けていた論点です(注2)。
原著作者・同人作家双方の利益になると考えられますから、無断転載物の公開差し止めまでなら議論も少なく通ると思います(民法252条ただし書き参照)。しかし損害賠償請求となると……
X「原著作者に許可を得ていなかったとはいえAさんは二次的著作物の著作者だ。共有著作権(著作65条)と違って
Aさんは原著作者から独立した権利を持つ。損害賠償請求もできて当然だ」
Y「イヤイヤ、前半はともかく後半は同意しかねる。そもそもが二次的著作物である以上、原著作物をよりどころとしていなければAさんの著作物は存在すらしていない。なのにAさんが原著作者を差し置いて損害賠償請求で金を得ようなんて、虫が良すぎるんじゃないか?
信義誠実とはいいがたいし、原著作者の許可を得ていないんだから
クリーンハンズの原則にも反するね」
Z「Yの言うこともわからなくはないけど、全面的には賛成できないな。Aさんの同人誌において、確かにキャラクターデザインや
世界観は原作をよりどころにしているけれど、同人誌内のストーリーを創作したのは他でもないAさんじゃないか。
原作と区別されたAさん独自の創作性が存在するならば、ある程度の損害賠償請求も認められてしかるべきだよ」
……とりあえず話を進めます。進めさせてください。ごめんなさい。
■権利侵害
仮に権利侵害が認められれば、AさんはBさんに対して
・転載された著作物の公開差し止めの請求(著作112条)
・損害賠償請求(民703条、704条、709条)
・名誉回復措置請求(著作115条)
を場合に応じてしていくことができます。
損害賠償請求についてはさらに「どれだけの金額を請求できるのか」という問題があり、
・「ダウンロード数×同人誌一冊当たりの純利益」をAさんが本来得られた利益の範囲まで(著作114条1項1号)(注3)
・侵害の行為により利益を受けている額(著作114条2項)
・使用料相当の額、侵害があったことを前提とした+αも可(著作114条1項2号、3項、4項、5項)
・精神的損害などが特にあった場合、上記+αも可(著作114条6項前段)
で、ケースごとの事情で請求額を調整していくことになります。
著作権法第112条
1項 著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、その著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2項 著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物、侵害の行為によつて作成された物又は専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具の廃棄その他の侵害の停止又は予防に必要な措置を請求することができる。
第114条
著作権法第114条
1項 著作権者等が故意又は過失により自己の著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者(以下この項において「侵害者」という。)に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、侵害者がその侵害の行為によつて作成された物(第一号において「侵害作成物」という。)を譲渡し、又はその侵害の行為を組成する公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。同号において「侵害組成公衆送信」という。)を行つたときは、次の各号に掲げる額の合計額を、著作権者等が受けた損害の額とすることができる。
1号 譲渡等数量(侵害者が譲渡した侵害作成物及び侵害者が行つた侵害組成公衆送信を公衆が受信して作成した著作物又は実演等の複製物(以下この号において「侵害受信複製物」という。)の数量をいう。次号において同じ。)のうち販売等相応数量(当該著作権者等が当該侵害作成物又は当該侵害受信複製物を販売するとした場合にその販売のために必要な行為を行う能力に応じた数量をいう。同号において同じ。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該著作権者等が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)に、著作権者等がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額
2号 譲渡等数量のうち販売等相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(著作権者等が、その著作権、出版権又は著作隣接権の行使をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該著作権、出版権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額
2項 著作権者、出版権者又は著作隣接権者が故意又は過失によりその著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、当該著作権者、出版権者又は著作隣接権者が受けた損害の額と推定する。
3項 著作権者、出版権者又は著作隣接権者は、故意又は過失によりその著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者に対し、その著作権、出版権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。
4項 著作権者又は著作隣接権者は、前項の規定によりその著作権又は著作隣接権を侵害した者に対し損害の賠償を請求する場合において、その著作権又は著作隣接権が著作権等管理事業法第二条第一項に規定する管理委託契約に基づき著作権等管理事業者が管理するものであるときは、当該著作権等管理事業者が定める同法第十三条第一項に規定する使用料規程のうちその侵害の行為に係る著作物等の利用の態様について適用されるべき規定により算出したその著作権又は著作隣接権に係る著作物等の使用料の額(当該額の算出方法が複数あるときは、当該複数の算出方法によりそれぞれ算出した額のうち最も高い額)をもつて、前項に規定する金銭の額とすることができる。
5項 裁判所は、第一項第二号及び第三項に規定する著作権、出版権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を認定するに当たつては、著作権者等が、自己の著作権、出版権又は著作隣接権の侵害があつたことを前提として当該著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者との間でこれらの権利の行使の対価について合意をするとしたならば、当該著作権者等が得ることとなるその対価を考慮することができる。
6項 第三項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない。この場合において、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者に故意又は重大な過失がなかつたときは、裁判所は、損害の賠償の額を定めるについて、これを参酌することができる。
第115条
著作者又は実演家は、故意又は過失によりその著作者人格権又は実演家人格権を侵害した者に対し、損害の賠償に代えて、又は損害の賠償とともに、著作者又は実演家であることを確保し、又は訂正その他著作者若しくは実演家の名誉若しくは声望を回復するために適当な措置を請求することができる。
民法第695条
和解は、当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる。
―コラム:和解―
上で解説しました分析は、「法的にはこうなるだろう」という話です。わざわざこんな土台をなぜ持ち出したのか? といいますと、
民事では必ずしも紛争を訴訟で解決しなければいけないわけではないからです。
以下、
『法律の世界をふたつに分けよ! 刑法・民法と著作権法の位置1』と
『「二次創作はグレー」って? 刑法・民法と著作権法の位置2』でお書きしました刑事裁判と民事裁判の話の続きをしたいと思います。
ざっくり言いますと、「たったひとつの真実見抜く」的な考え方をするのが刑事裁判です。身もふたもないですが「真実は二の次なのだ。ケンカが終わればそれでいいのだ」が民事裁判です。
民事裁判は一般人同士の紛争の解決を国家が手助けする制度ですから、民事においては、裁判せずに当事者同士で解決できればそれに越したことはないのです。具体的には、和解や示談、仲裁合意、調停などといった手段が存在します。ここにおいても、根底に流れているのは「私的自治の原則」です。
ケースバイケースですから実際に上の問題のような事態が起きた場合には早い段階で弁護士先生に相談すべきでしょうが、一般論として、二次創作作家さんは極力裁判をしたくないと思います。ですから、どうにか相手方を特定するところまで漕ぎつけたならば、内容証明郵便を送ったりしながら可能な限り裁判外での解決の道を探すのが現実的だと思います。裁判外でなら、請求額全額を受け取れる可能性もあります。この際には、画像を保存しておくなど「無断転載されネット上で公開された」証拠を残しておくことをお忘れずに。
弁護士を雇う場合、すべての弁護士先生が二次創作や同人界隈に理解があるとは限りませんから、相談する先生はしっかり選んだほうがよさそうです。
注
1)当該記述が目立つところに明記されているなどの事情があれば、「その同人誌を購入することはその記述についても『承諾』したものとみなせるんじゃないか」という反論も考えられます(民法527条参照)。これについては、記述の内容が妥当なものか否かとか、一般的に記述されている事柄なのかとか、記述のありさまとかを総合的に考慮すべきだと思います。たしかに当事者の意思を可能な限り尊重するのが民事の基本的な考え方ですが、著作権法上に損害賠償金額算定方法が明文で書かれているうえ、同人作家側による恣意的な記述を安易に認めると取引の安全を害するとも思えますから、同人作家側が一方的ともいえる方法で提示した内容をあえて有効と認めるには慎重な判断が必要だと私は考えます。そしてこれは民法548条の2第2項の趣旨にも合致すると思います。厳密には「契約が成立しない」ことと「契約は成立するけど無効である」こととは別問題ですが、深く突っ込むのはここでは致しません。
(契約の成立を論ずるとき、しばしば「錯誤取り消し(民法95条)」を考察に含む必要が生じますが、本問では不要と判断したので省略します。)
新民法第548条の2第2項
前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。
2)言葉をより正確にするならば、「いわゆる二次創作については固まった学説が見当たらず、著作権法28条の二次的著作物の利用に関する議論は学説・判例が定まっていない」というところです(2018年5月現在)。
3)『
「攻略サイト」って違法なの?――複製権、公衆送信権等2』下段の注1参照