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舞台やイベントのレポ本は?――ケース問題1

記事作成:2017年4月

問題1
舞台の演出等の描写を含んだレポ本には問題があるのでしょうか。

問題2
いわゆる「ナマモノ」はどうして取り扱いに注意しなければならないのでしょうか。



 レポ本というものがあります。舞台とかイベントに行った感想を、時には絵を交えながらつづった本のことですね。これを法的に分析してみたいと思います。

■演出等の引用
著作権法第32条1項
公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。

 まず、演出等の引用です。これについては、引用された対象が著作物であったとしても、批評目的の正当な引用といえるため違法性はないかと思います。もちろん、先のページで解説しました通り出所明示は必要ですが、逆に出所が明示されていないレポ本って考え難いので大丈夫でしょう。ファンの感想が批評といえるのかという点では反論も予想されますが、幼稚園児の描いた絵のようなものでも著作物と認められる(参考:『どこまでが守られる? 著作物の範囲』)著作物の範囲を考えてみれば、著作権法32条にいう「批評」も高度なものである必要はないだろうと個人的には思います。

 ただし、引用が過剰であったら引用の「正当な範囲内」の要件に引っかかるのでそれは注意ですね。さらに、舞台の内容を要約した場合、その要約文は脚本の二次的著作物となるので、『ややこしいけれど大事! 二次的著作物と原著作者の権利』でご説明したことと同様の問題が起こります(注1)。


■ナマモノ
日本国憲法第13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

民法第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 実在の人物を扱った同人誌などのことはナマモノと呼ばれ、取り扱い注意と認識されています。
 それはなぜか、と根拠条文を探すと、おそらく上の憲法第13条に行きつくでしょう。たぶん中学校の社会科の授業でも登場した幸福追求権の条文です。いわゆる「新しい人権」と呼ばれる権利のひとつである人格権はこの条文から導かれるとされています。

 人格権とは人が自分の自由とか名誉とか信用とかプライバシーとかいったものについて有する権利のことです。ナマモノは対象の人物の人格権を侵害する可能性があるのですね。人格権侵害が認められれば、民法709条より不法行為責任で賠償、という流れになるでしょう。

 ……しかし、人格権についての直接的な明文の規定はありません。部分的には、例えば名誉に関してなら刑法230条に名誉毀損罪がありますけれど、人格権そのものがどういうものであるかは判例から読み解くことになります。ゆえに簡単ではないので、ここでは詳細を割愛させていただきます。


 ナマモノ界隈の慣習はむしろ、法よりも良識に立脚するところが大きいのではないかという気がします。人が嫌がることは極力やらないようにするという法には抵触しない範囲に適用される道徳は、線引きが難しいだけに議論が荒れやすいでしょうが、大事にされてほしいなと思います。


■翻案と二次的著作物
著作権法第47条の6
次の各号に掲げる規定により著作物を利用することができる場合には、当該各号に掲げる方法により、当該著作物を当該各号に掲げる規定に従つて利用することができる。

二 ……、第三十二条、…… 翻訳

 著作権法第32条は上で引きました引用の条文です。実は引用をする際の改変には「変形」とか「翻案」とかが認められておらず、「翻訳」のみが認められているのです。著作権法2条1項11号の二次的著作物のところを見るとどういうことなのかわかりやすいでしょう。

著作権法第2条1項
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
……
十一 二次的著作物 著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案することにより創作した著作物をいう。
……

 そうすると、こんな疑問が浮かんでくるのではないでしょうか。「舞台の上やイベント会場における演出を文字にすると『翻訳』以外の改変(おそらく「変形」)をしていることになるから、たとえ著作権法32条の引用だとしても著作権法43条に反するんじゃないの」、と。

 このあたりは学説レベルでも詰め切れていないようで、正直あまり触れたくないのですが、そういうわけにもいかないので簡単にご説明します。『ネットに流すな!――複製権、公衆送信権等1』で、翻案と複製の違いは「創作性があるのが翻案、創作性がないのが複製」と書きました。翻訳は翻案とは違いますが、この議論において翻案の考え方を類推するならば、「創作を交えず忠実に演出を文字におこすなら『複製』となり、そもそも著作権法43条は問題にならない」とすることができます。(注1)

 娯楽目的のレポ本における演出の引用が「創作を交えず忠実に」行われたものかという問題も残りますが、レポ本レベルの本の中での引用に誇張表現などが加わったからといって誰かが不当に害されるなんて通常は想定しがたいですから、その場合の違法性も一般の同人誌程度と考えてよろしいと思います。




1)「血液型と性格」事件(東京地裁平成10年10月30日判決)においては、文章を要約して文章として引用する(=言語の著作物を変形を加えずに引用する)ことについて、著作権法43条2号が想定している事例と「利用の必要性、著作者の権利侵害の程度を異にする」とし、侵害を否定しました。


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